別腹シリーズの第2回目です。
別腹シリーズ初回記事「ダイエットの大敵「別腹」の正体にせまる」の中で、身体に必要なカロリーや栄養素を十分に摂れているのに、ついつい食べてしまう背景には「エネルギー密度」と「飽きないおいしさ」があり、特に加工食品には注意が必要だとお話ししました。さらに、ついついの程度がひどくなると「食品依存症」という特定の食品に対する依存症とされます。
今回は私たちのおいしさの感じ方と食欲の関係を見ながら、どうにもやっかいな別腹をどうにかできないか考えていきます。
別腹はあれこれ上書きする
食欲と体重・体脂肪のセットポイント
私たちの身体には体重や体脂肪レベルを一定に保とうとする働きがあり、特に厳密にカロリー計算をしなくても空腹感に合わせて食事をしていると、概ね一定の体重が保たれるように食欲が調整されるようになっています。
自分の身体が自然と一定に保とうとする体重・体脂肪のレベルは「セットポイント」と呼ばれます。実際の体重には個人差があるのでセットポイントが体重60kgになっている人もいれば、90kgで落ち着いている人もいます。体脂肪レベルもセットポイントが15%の人もいれば、25%で定着している人もいます。
食欲が上書きされる
通常は体重や体脂肪がセットポイント付近に維持されるように、脳の満腹中枢が自然と食欲を調整してくれます。
しかし、エネルギー密度とおいしさが過度に高い食品を摂ると、脳の中で「報酬系」という部位が活動します。報酬系が活動すると私たちは「気持ち良い」と感じます。気持ち良いだけなら良いのですが、ここで問題なのはその快感が脳の中で食欲をコントロールする機能を乗っ取ってしまうということが起こります。
そして、身体が本当に栄養を必要としているかや実際に空腹かどうかにかかわらず、気持ち良さにまかせてついつい食べてしまうのが別腹です。
△報酬系が脳の食欲コントロールを乗っ取って別腹をつくる
報酬系の活動の程度や食欲コントロールの乱れ具合には個人差がありますが、食品依存症と診断されるかにかかわらず誰にでも起こりうることです。そして、脳が満足して食べる手を止めるときには本来のセットポイントを超えたカロリー摂取量になってしまいます。別腹を満足させるには、より多くのカロリーが必要になってしまうということです。
セットポイントが上書きされる
摂取カロリーが増えてカロリー収支がプラスになる状態が続くと、もちろん体重と体脂肪が増えていきます。この別腹シリーズ初回記事の中で、体重が重い人ほど報酬系の活動が弱まり同じ食事から満足感を得にくくなるという話をしました。体重が増えるにしたがって同じ食事量では満足できなくなり、ジリジリと体重が増えていく可能性が高くなります。これは体重と体脂肪のセットポイントが上がっていくということになります。
このグラフは、エネルギー密度やおいしさが過度に高い食品を中心に摂る生活で、体重のセットポイントが押し上げられていく様子を再現しています。なにかの研究で得られたデータではなく、あくまでもイメージですが、AthleteBody.jpのパーソナルコーチングのクライアントさんにも、こういった経過をたどって一念発起して申し込みをいただいたという方が少なくありません。
味の感じ方が上書きされる
体重のセットポイントや食欲が高まることで、おいしさの感じ方が変わる可能性があります。これは食品依存症の直接的な症状というわけではありませんが、密接に関係していると考えられています。
まず、ヒトが外部からの刺激を心地よく感じるかどうかは、そのときの身体の状態によって変わります。例えば、身体が冷えたときにお風呂に入るのは気持ち良いと感じる人が多いと思います。逆に、真夏の暑い日には湯船には浸からずシャワーで済ませたいと思う人も少なくないでしょう。これは体温が基準になっていて同じ温度のお湯でも感じ方が変わるということです。
お風呂の例えは当たり前のように聞こえるかもしれませんが、食べ物でも同じようなことが起こります。お腹が空いたときには、梅干しと白ごはんの組み合わせがとてもおいしく感じられる人はいると思います。逆に満腹で苦しいときに出されても、「もう勘弁してほしい」と感じる人は多いでしょう。「空腹は最高の調味料」というやつです。
例えば、自分のセットポイントよりも体重が低い状態では身体は体重を戻そうとして食欲が高まります。このことが影響して通常よりも食べ物をおいしく感じる可能性があります。長い減量を終えたあとには、何を食べてもおいしく感じるという方は少なくないでしょう。これと同じように、エネルギー密度やおいしさが高い食品を食べていると、食欲が高まり食品のおいしさの感じ方が変わる可能性があります。
「ついつい」を脱出する希望になる減量研究
私たちがどういう食品をおいしいと感じたり、食べたいと感じるかには個人差がありますが、これだけ加工食品が広まった環境の中で、食べ物の誘惑をまったく感じることなく生活することは難しいでしょう。明日いきなり加工食品が世界から消えてなくなるなんてことは起こらないので、自分自身の欲求との付き合い方をどうするかが重要になります。
食べ物への欲求と減量について調べた研究をいくつかご紹介していきます。
研究1:食べ物のおいしさを取り除くと楽に痩せる人がいる
図3は研究で用いられた機械です。ボタンを押すとストローのようなチューブを通じて一定量の液体食が口に流れ込むようになっています。さらに、この機械は各被験者が飲んだ量を記録できる仕組みになっていました。この液体食の栄養面は以下のような内容になっていました。
- たんぱく質:20%
- 炭水化物:50%
- 脂肪:30%
- 生活に必要なビタミンとミネラル
被験者はこの液体食を好きなだけ飲んで良いと指示され、それ以外の食事は一切摂ることが禁じられました。生活を細かく管理できる病院だから可能な設定です。
この研究では標準体形の被験者が2人と肥満体形の被験者が5人いましたが、体形によって結果に大きな違いが現れました。
図4のグラフは、標準体形の被験者の一人のカロリー摂取量と体重の推移です。カロリー摂取量は平均3075kcalで、体重に大きな変化はありませんでした。もう一人いた標準体形の被験者もよく似た経過をたどりました。
図5は肥満体形の被験者のデータです。はじめの18日間でのカロリー摂取量は平均275kcalにしかなりませんでした。あわせて体重がどんどん落ちたことが分かります。この被験者は病院で70日間、さらに帰宅後もこの液体食を続け、8ヶ月の期間で約90kg体重を落としました。この期間を通して、この被験者が空腹を訴えることはなかったそうです。
この研究に参加した他の肥満体形の被験者は、ここまで長期間ではありませんが、好きなだけ摂って構わないという条件にもかかわらずカロリー摂取量が劇的に落ちるという傾向は共通していました。カロリー摂取量が落ちると体重が落ちていったので、肥満の原因は代謝上の問題などではなく、実験に参加するまでの生活でカロリーを摂り過ぎていたと考えられます。
「液体食がおいしくないからたくさん摂らなかっただけだろう」という見方もできなくもありませんが、標準体形と肥満体形で摂取量が劇的に違ったことを見ると、肥満体形の被験者は味の感じ方や、食に満足する感覚が違っていたと考えられます。
また、肥満体形の被験者は実験前は体脂肪が非常に多い状態だったことから、毎日のエネルギー確保のために食べていたわけではなく、食事によって報酬系が活動する快感が食欲を高めていた可能性があります。そして、無味の実験食では快感を得られないことから食べることへの欲求が抑えられ、カロリー摂取量が劇的に減っても空腹を感じることなく減量ができた可能性が考えられます。
この研究はユニークな設定で劇的な結果が出ていますが、被験者も少なく一般的な生活に当てはめて考えにくい部分もあります。さらにヒントになりそうな研究を紹介していきます。
研究2:キツい減量でおいしさの感じ方が変わる
1971年に行われたこの研究では、減量で体重が落ちることで砂糖の味の感じ方に変化があるか、以下の手順で調べました。
- ステップ1
被験者に濃度の異なる砂糖水を味見して、おいしさの評価をつけてもらう。
- ステップ2
50gのブドウ糖を溶かした水を飲んでもらう。
- ステップ3
ステップ1と同じ砂糖水をもう一度味見して、おいしさの評価をつけてもらう。
砂糖水のおいしさの評価は次のようになりました。
ブドウ糖を摂る前は砂糖水の濃度が高くなるほどおいしいという評価だったのに対して、ブドウ糖を摂った後は濃度が高くなるほどおいしさの評価は下がっていきました。ブドウ糖でエネルギーを摂ったことで味の感じ方が変わったことを示しています。
次に、この研究では同じ被験者にカロリー制限をして体重が8〜10%落ちるまで減量してもらいました。そして、減量を終えたところで上記と同じ実験を行ったところ、結果は大きく変わりました。
今回はブドウ糖を摂る前後でおいしさの評価が変わらず、ブドウ糖を摂った後も、砂糖水が濃くなるほどおいしいという評価になりました。
この減量期間中、被験者は空腹感に苦しみ食べ物の夢を見ることもあったそうです。厳しい減量によって味の感じ方が変わったことが分かります。
研究3:おいしさの感じ方が変わらない減量
上記の1971年の研究を行った同じ研究者が、1976年にとてもよく似た研究を行っています。
前回の研究からの変更点は減量方法です。前回は厳しいカロリー制限を行ったのに対して、今回は1965年の研究と同じように液体食が使われ、以下の条件で減量が行われました。
- カロリー摂取は液体食からのみに限定する。
- 他の食品は食べないだけなく、見たり匂いをかいだりすることも極力避ける。
- 液体食は好きなだけ摂っても良い。
液体食は制限なく摂って良いことになっていましたが、被験者のカロリー摂取量は自然と落ちていき、17日間で平均3.1kgの減量になりました。そして、前回の研究と同じように減量前と減量後に砂糖水のおいしさの感じ方が調べられました。
減量前と減量後で砂糖水のおいしさの感じ方に大きな変化が出ませんでした。また、この研究の減量では、前回のように被験者が空腹や食べることへの欲求に苦しむこともなかったということです。
この液体食には砂糖などの精製糖が多く含まれており、完全に無味ではなく控えめな甘さだったようです。
毎日同じ味の液体食だけを摂り続けるという生活はまったく現実的ではありませんが、別腹シリーズ初回記事で紹介した研究6(図7)で、ポテトチップスを食べたあとにはポテトチップスへの摂食欲が落ちたように、この研究で使われた液体食への欲求が自然と抑えられたことで、無理なく体重を落とせた可能性が考えられます。そして、そのことで砂糖水のおいしさの感覚を狂わせずに済んだと考えられます。
さらにもう1点注目したいのが、この研究で使われた液体食には精製糖が多く含まれていたことです。食品依存症の話題では、「砂糖とドーパミン」や「砂糖の依存性」ということに焦点が当てられることが多いですが、この研究では砂糖を含んだ液体食の摂取量に制限が無かったにもかかわらず、被験者が実際に摂った量は自然と落ちていきました。
砂糖のみを抜き出して考えるよりも、「飽きないおいしさ」に注意した方が良いと考えられます。
研究4:減量前後の脳をのぞき見する
1971年と1976年の研究では、被験者が主観的に感じるおいしさが数値化されました。ただ、被験者がどれだけの快感を得られているかを知るには脳の活動を確認する必要があります。
2010年に行われた研究では、以下の手順でおいしさの感じ方と脳の活動が調べられました。
- 被験者にアイスクリーム、牛乳、チョコレートを混ぜた液体と、唾液の味を再現した液体を味見してもらう。
- 被験者の主観でそれぞれの液体のおいしさを評価してもらう。
- fMRIという機器を用いて、それぞれの液体を味見したときの脳の活動を調べる。
さらに、この研究では体重の変化によって脳の活動に変化が起きるかを調べるため、6ヶ月後にもう一度同じ被験者に集まってもらいました。6ヶ月後の被験者は体重によって以下のグループに分かれました。
- 体重が増えたグループ(BMIが2.5%以上増えた被験者)
- 体重に変化がなかったグループ
- 体重が減ったグループ(BMIが2.5%以上減った被験者)
初回と同じ手順で実験を行い脳の活動を比較したところ、以下のような結果になりました。
体重が増えたグループでは脳の報酬系の活動がはっきりと下がり、体重が減ったグループでは報酬系の活動が上がる傾向が見られました。また、被験者のおいしさの感じ方と脳の活動には非常に強い相関関係が見られ、この二つが密接につながっていることが確認されました。
別腹シリーズ初回記事で、BMIが上がるほどD2受容体が少なくなり、満足や快感を得にくくなる可能性があるとお話した状態が実際に確認されました。また、体重が減ったグループでは報酬系の活動がやや回復する傾向が見られました。
ついつい食べ過ぎてしまって減量に苦労されている人は、スタートはツラいかもしれませんが、体重が落ちていくにしたがって徐々に食生活のコントロールが楽になっていく可能性が期待できます。
今回のまとめ
おいしさの感じ方は変わる
ついついカロリーを摂り過ぎてしまう背景には、エネルギー密度とおいしさがあります。前回はおいしさを作る要素についてお話しましたが、今回はおいしさの感じ方についての研究を紹介しました。
減量前後で味の感じ方が変わるということを、こうやってデータとして見ると新鮮に感じられた方もいるかもしれません。しかし、ご自身の味の感じ方を少し振り返ってみると、おそらく実感のわく方も多くいるのではないかと思います。
減量をするにあたって、おいしい食べ物を完全に排除するような極端な方法は、現実的ではないでしょう。食べ物との付き合い方のバランスを崩すことにつながってしまう可能性もあります。体脂肪を落とすには、長いスパンでカロリー収支をマイナスに保つことが必要なので、継続できることが不可欠です。
ただ、食べるのが苦痛でないおいしさと、クセになって止められなくなるおいしさの違いに注意して、食べ物えらびを考えるのが重要になる人は少なくないでしょう。
砂糖を避ければすべて解決ではない
今回紹介した研究3では、精製糖を多く含んだ液体食を制限なく摂って良い条件で、摂取量は自然と落ちていきました。
砂糖がドーパミン放出につながることをセンセーショナルに伝える情報があり、まるで「砂糖が諸悪の根源で砂糖さえ避ければ大丈夫」かのように伝わることがありますが、砂糖だけを抜き出して捉えると見落としてしまうことが出てきます。
砂糖や精製糖を多く含む加工食品はエネルギー密度やおいしさが過度に高くなりやすく、多くの人にとってクセになりやすい食品が多いとは言えるでしょう。また、こういった加工食品はビタミン、ミネラル、食物繊維などを十分に摂れないことが多いので、特に減量中には注意が必要です。
ただ、言い換えると、減量時の食べ物えらびを考えるときには砂糖や糖質がどれだけ含まれるかだけでなく、カロリー収支はもちろんのこと、その他にエネルギー密度、おいしさ、ビタミン、ミネラル、食物繊維といった要素を考え合わせる必要があるということです。
減量が進めば楽になりそう
研究4では、体重が増えた人は報酬系の活動がハッキリと下がりました。不用意に太ってしまうと、食欲が引き上げられて、そのあと体重を戻すのに苦労する可能性が高くなるということは言えるでしょう。
逆に、体重が落ちた人では脳の報酬系の活動が上がる傾向がありました。これは大きな変化ではなかったので、すべての人に同じ効果が期待できるかは分かりませんが、減量を続けて体重が落ちれば食欲のコントロールが楽になっていくという希望になるデータだとは言えると思います。
また、減量は食欲のコントロール以外にも食生活を全体的に見直したり、運動する習慣を作るなど、生活のいろんな部分で変化をともないます。こういった変化に慣れていくことで、全体として減量を続けるのが楽になっていくということは十分に期待できます。
次回はシリーズ最後ですが、実際の減量生活で食欲対策にできることを紹介していきます。掲載時にはFacebookやメールマガジンでご案内します。メールマガジンは、以下のフォームからメールアドレスをご登録の上、特典eBookをダウンロードしていただくとメールリストに登録される形になっています。興味のある方はチェックされてください。
今回は、八百がお送りする別腹シリーズの第2回目です。
減量をしている時に「おいしさ」を求めて色々な食品を大量に食べてしまい、体重を落とすのに苦労をされる方は決して少なくありません。
この記事で説明している、食事を薄味のものに切り替えることで自然と食欲が抑えられ、食事量が減るかもしれないということはとても興味深いですね。また、一度おいしいものを食べ始めると、なかなかその量を減らせなくなることについても説明がつきそうです。
自分が長く続けられる範囲で薄味の食品を選ぶことは、おいしいものを大量に食べることが止められない場合に試す価値がありそうです。
ぜひ今回の内容を、皆さまの食生活にお役立てください。