「挙げる意識 VS 効かせる意識」という記事内で紹介している研究5の詳細を紹介するページです。爆発的にバーベルを挙げる効果についての研究です。「効かせるトレーニング」を含めて、動作中の意識の持ち方についての全体的な捉え方については、「挙げる意識 VS 効かせる意識」をご覧ください。挙上重量を伸ばすことが目的の場合、トレーニング量とトレーニングで使う重量が特に重要になります。しかし、他に重要な要素としてバーベルの挙上速度があります。2014年に行われた研究を紹介します。
コンセントリック局面ではできる限りバーベルを速く挙げるべきだと聞いたことのある人は多いと思います。バーベルを速く挙げるには大きな力を出す必要があり、そのためには多くの筋線維を動員することになるのでトレーニング効果も大きくなるという理屈です。しかし、最大限までバーベルを速く挙げると実際にどれだけの違いが出るのか、信頼できる資料を基に語られることはありません。
2014年の研究によると、バーベルを速く挙げることで非常に大きな違いが出るようです。トレーニング量と挙上重量が同じで、最大限にバーベルを速く挙げた場合とゆっくり挙げた場合を比較すると、筋力の伸びが約2倍程度になるという報告です。ある程度の違いが出ることは予想できるとしても、ここまで大きな影響があることには驚く人も多いでしょう。
冒頭でも触れましたが、バーベルをできるだけ速く挙げるのが良い理由は以下のとおりです。
- 私たちの身体は、それぞれの筋線維をより強く収縮させるのではなく、より多くの筋線維を収縮させることで大きな力を出します。
- 私たちの身体は小さな遅筋線維から動員します。より大きな力を出そうとすると、より大きく強い筋線維が段階的に動員され、最も大きく強い速筋線維が最後に動員されます。(Henneman’s Size Principleと呼ばれるものです。)
- 筋線維はバーベルの重量に応じて動員されるのではなく、どれだけの力を出すかに応じて動員されます。力とは、「質量 × 加速度」なので、他の部分が同じでバーベルの挙上速度が上がると、より大きな力を出したということになります。
- つまり、バーベルの挙上速度を上げるには、より多くの筋線維が動員されるということです。
- 特に筋肥大しやすいのは最後に動員される速筋線維なので、速筋線維が多く使われると、筋力も筋量も伸びが大きくなるはずです。
理屈上はとても聞こえがいいですが、これまでに挙上速度が筋力の伸びに与える影響について行われた研究では、できるだけ速く挙げた場合とゆっくり挙げた場合で目立った違いは出ないという結果が報告されていました。「なんだ、とてもシンプルで効きそうな理屈だったのに…」というところです。
しかし、今回紹介する論文の著者も指摘していることですが、このトピックについて過去に行われた研究は研究手法に問題がありました。
できるだけ速くバーベルを挙げた方がゆっくり挙げるよりも効果的だと示した研究では、トレーニング量と重量が揃えられていませんでした。意識的にバーベルをゆっくり挙げると扱える重量やこなせるトレーニング量は小さくなります。つまり、バーベルを速く挙げた方が良い結果が出たのは挙上速度そのものが影響したからなのか、挙上速度が速い方が大きな重量を扱えたり、多くのトレーニング量をこなせたからなのかに答えを出すことができなくなってしまいます。
バーベルを速く挙げる場合とゆっくり挙げる場合で結果に違いがないとする報告も、トレーニング量が揃えられていない研究が多くあります。またこれらの研究のほとんどで、挙げられなくなる限界ギリギリまで持っていくトレーニングが行われました。Size Principleの話に戻りますが、はじめに動員した筋線維が疲労すると、さらに力を出し続けるために大きな筋線維が代わりに動員されます。さらに、速く挙げようとしていても限界ギリギリまで持っていくと挙上速度は遅くなるものです。これらの研究では、実際の挙上速度には大きな違いがありませんでした。ここから言えることは、限界ギリギリまで持っていくと挙上速度の影響は小さくなるということです。
しかし、すべてのセットを限界ギリギリまで持っていくようなトレーニングを毎回したくはないと考える人がほとんどでしょう。そこで今回の研究が意味を持ちます。
研究1:ベンチプレスを6週間
被験者
20代前半から中盤の男性を中心に24人が参加しました。(4名が途中離脱)健康で一般的な体格(身長:177cm±8cm 体重:70.9kg±8.0kg)で、趣味でベンチプレスを2〜4年行った経験がありました。趣味の範囲というのがあいまいですが、実験開始時の被験者のベンチプレスの平均1RMは約75kgでした。体重よりも少し重たい程度です。この研究で初めてバーベルに触れたということではなかったものの、エリートレベルのアスリートというわけでもないという人たちです。
実験内容
トレーニング開始前と終了後にベンチプレスの1RMが測定されました。また、バーベルをできるだけ速く挙げる場合と、ゆっくり挙げる場合で力を出す能力に違いが出るかを検証するため、ウォームアップセットの挙上速度があわせて測定されました。(ここでは両グループの被験者ができるだけバーベルを速く挙げるように指示されました。)
被験者は以下のように2つのグループに分けられ、ベンチプレスのトレーニングを週3回、6週間行い、トレーニング効果を測定しました。
- MaxVグループ
エキセントリック局面はコントロールしてバーベルを下ろし、コンセントリック局面は爆発的に挙げる - HalfVグループ
エキセントリック局面はコントロールしてバーベルを下ろし、コンセントリック局面は最大挙上速度の半分の速さで挙げる。
この研究では、非常におもしろい方法で重量設定が行われました。
以前の研究で、コンセントリック局面の平均挙上速度は1RMの割合と非常に強く相関することが見られています。バーベルの最大挙上速度が平均して秒速0.79mであれば、1RMの約60%の重量を挙げているということになり、秒速0.70mであれば1RMの約65%、秒速0.62mであれば1RMの約70%、秒速0.55mであれば1RMの約75%、秒速0.47mであれば1RMの約80%になります。
挙上速度と重量の関係 | |
---|---|
挙上速度 | 重量 |
0.79m/秒 | 1RMの60% |
0.7m/秒 | 1RMの65% |
0.62m/秒 | 1RMの70% |
0.55m/秒 | 1RMの75% |
0.47m/秒 | 1RMの80% |
6週間のトレーニングの間に被験者は強くなっていくと考えられます。プログラム上ある日の重量が1RMの75%と設定されている場合、トレーニング開始前の1RMは基準として古くなってしまいます。その日の被験者の実際の75%の重量にできるだけ近付けるために、ウォームアップではできるだけバーベルを速く挙げるように指示をし、バーベルの移動速度が秒速0.55mになった重量でその日のトレーニングを行うという方法が使われました。
余談ですが、割合を使ったプログラムは調子の良い日や悪い日に合わせることができないことが問題だとよく指摘されます。筋力は絶えず一定ではないので、例えば過去の自己ベストの80%は今日の筋力の80%ではないかもしれないということです。割合を使ったプログラムで筋力の波に合わせるため、その日の1RMに対する割合を推し量るのにバーベルの挙上速度を使うのは賢い方法かもしれません。
この研究のトレーニングでは、例えば75%の日のMaxVグループの被験者はウォームアップを行い、秒速0.55mでバーベルを挙げられる重量を見つけ、設定されたレップ数を実施しました。HalfVグループでは同じように秒速0.55mで挙げられる最も重たい重量を見つけ、その重量で設定されたレップ数を実施することろまでは同じですが、半分の秒速0.27mで挙上動作を行いました。被験者の前にスクリーンがあり、挙上速度が速すぎたり遅すぎたりすると映像と音で知らせる形になっていました。
トレーニングは48〜72時間の間隔を取って行われました。
1週目には各トレーニング日に6〜8回×3セットという設定で、そこから徐々に挙上回数を減らしながら重量を上げていき6週目には2〜3回×3セットになる教科書どおりのリニアピリオダイゼーションが用いられました。
この研究は実施条件が非常にしっかり管理されていました。以下の文章は論文からの抜粋です。
各被験者のトレーニングは同じ時間帯(±1時間)とし、トレーニングは研究スタッフの監督の下、一定の環境条件(気温20度 湿度60%)の下で実施した。
テストステロンやコルチゾルの分泌には1日の中で波があり、それがトレーニングの結果に影響する可能性があるのでトレーニングの時間帯には意味があります。加えて、気温や湿度はパフォーマンスに影響します。気温や湿度が高すぎると熱ストレスや脱水によって疲労しやすくなりますし、気温や湿度が低すぎると身体が温まりにくく本来のパフォーマンスが出しにくくなります。今回のような研究では、本来こういう条件を管理するべきなのですが、実際にここまで管理ができていない研究が多いです。(もしくは、管理していたとしても明確に報告はされません。)
研究2:挙上速度と代謝
6週間のトレーニングを行なった研究1の他に、この研究グループは挙上速度の違いによる代謝面への影響を調べるためにもうひとつ実験を行いました。研究2では被験者はトレーニングを6回行いました。
トレーニングの前後で血液サンプルを採り、乳酸とアンモニアの濃度が調べられました。また、秒速1.0mの速度で挙げられる重量が各日のトレーニング前後でどう変わるかに基づいて疲労が調べられました。
結果
研究1の結果
トレーニング開始前には、MaxVグループとHalfVグループの被験者に違いはありませんでした。
コンセントリック局面の挙上速度はMaxVグループの方が速く、コンセントリック局面に掛かった合計時間はHalfVグループの方が長くなりました。
すべてのカテゴリーにおいて、MaxVグループはHalfVグループの2倍の伸びを示しました。
- ベンチプレスの1RMの伸び幅
- トレーニングの前後ともに挙上速度が秒速0.8m以下になった重量での平均挙上速度の伸び幅
- トレーニングの前後ともに挙上速度が秒速0.8m以上になった重量での平均挙上速度の伸び幅
△すべてにおいて2倍前後の伸び幅
研究2の結果
研究2では60%と70%のトレーニングにおいて、MaxVグループの方がHalfVグループよりも乳酸濃度が高くなりました。また、一定の挙上速度で挙げられる重量を指標として見た疲労は、60%のトレーニングにおいてMaxVグループの方が高く(7.6% vs 1.4%)なり、70%のトレーニングにおいても有意差には至らなかったもののMaxVグループで疲労が高くなる傾向(7.1% vs 3.9%)がありました。
ただし、この乳酸と疲労のデータに関しては注意が必要です。乳酸濃度は両グループともに中程度でした。これは、例えば高重量を3レップだけ行う場合と限界ギリギリまで20レップ挙げる場合のような違いではなく、実質的に大きな意味を持たない可能性があります。また、疲労に関しては大きなバラつきが見られました。おもしろい傾向ではありますが、ハッキリした結論を出せるものではありません。
アンモニアに関してはなにも違いが見られませんでした。
結果を読み解く
この研究から言えること
バーベルをできるだけ速く挙げるようにするとトレーニング効果が高くなって、軽い重量を扱う場合にもより爆発的に挙げられるようになるということなら嬉しい話です。しかし、そう簡単な話でもありません。
この記事の冒頭で、過去の研究にあった問題を紹介しました。今回の研究から言えるのは、トレーニングの量と重量を揃えて、なおかつ限界ギリギリまで追い込まない場合には、できるだけ速く挙上動作を行うことで最大筋力の伸び幅が大きくなる可能性があるということです。
挙上重量アップ VS 挙上速度アップ
また、一定の重量でのバーベルの挙上速度が伸びたからといって、必ずしもバーベルをできるだけ速く挙げた方がより速く動けるようになるというわけではありません。挙上速度と1RMの伸びた度合いは似通っていることに注意が必要です。
例えば、ベンチプレスの1RMが100kgだとすると1RMの50%は50kgになります。ベンチプレスの1RMが150kgに伸びると、ほぼ確実に50kgでの挙上速度も伸びます。しかし、1RMが100kgのときの50kgの挙上速度と1RMが150kgのときの75kgのときの挙上速度を比べたときに、どちらが速いかはなんとも言えません。ただ、少なくともこの研究においては、MaxVグループで挙上速度の伸び幅が大きくなっているのは一定の重量を使った条件での結果であり、トレーニング前後での1RMに対して同じ相対重量を使った結果ではないことを考えると、トレーニング期間中に速く挙げたかゆっくり挙げたかが重要ではなさそうです。この研究から言えることは、重たいものを挙げられるようになると、軽いものを素早く挙げられるようになるということです。
挙上速度の伸びに関してもうひとつ面白いのは、両グループにおいて、重たい重量の挙上速度の方が軽い重量の挙上速度よりも大きな伸びを示したということです。挙上速度が秒速0.8m以下だった重量では、17.3%〜36.2%という伸び幅だったのに対して、秒速0.8m以上だった重量では4.5%〜11.5%という伸びにとどまりました。このことは純粋にパワー系パフォーマンスが必要なアスリートには重要になります。筋力が伸びると大きなパワーを生む助けになるのは間違いありませんが、あまり特異的ではありません。高重量を挙げるトレーニングは高重量を挙げることには効果が大きいですが、軽い重量を速く挙げることへの効果は限定的です。
ベンチプレスの挙上重量を伸ばすことで砲丸投げの距離を伸ばしたり、スクワットを伸ばすことで高くジャンプできるようになったりするのは確かです。しかし、それはある程度までで、そこから先はトレーニングの特異性の重要性が高まります。自分の体重や7.26kgの砲丸のように軽いものに対して力を出すことが目的であれば、例えば350kgのスクワットや250kgのベンチプレスのように非常に重たいものに対して力を出すトレーニングを行っても得られる効果はどんどん小さくなっていきます。トレーニングは筋肉や動きに特異的ですが、トレーニングの速度にも特異的なのです。これは語られる機会が多くないですが、トレーニングの特異性の重要な側面です。
疲労と乳酸
MaxVグループではHalfVグループよりも疲労と乳酸の蓄積が大きくなりました。Size Principleに従うと、より多くの速筋線維が動員された結果だという見方ができなくもありません。速筋線維は遅筋線維よりも疲労しやすく、エネルギーを解糖系に頼る部分が大きくなります。しかし、疲労も乳酸もグループ間の差はかなり小さなもので、これがトレーニング効果の違いを説明すると考えるにはあまり説得力がありません。
筋肉が緊張している時間
この研究で特におもしろいのは、平均挙上速度とコンセントリック局面に掛かった合計時間が測定されたことです。セット中に筋肉が緊張している時間がどれだけあるかはTime Under Tensionと呼ばれ、これが筋力や筋量を伸ばすのに重要な要因だと一部では主張されてきました。しかし、コンセントリック局面に掛かった合計時間はHalfVグループの方がハッキリと長くなったにも関わらず、トレーニング効果はMaxVグループよりもハッキリと劣っていました。Time Under Tensionの考え方は、単に筋肉が緊張している時間ではなく、筋肉が「最大現に」緊張している時間と捉えるのがいいのかもしれません。できる限り大きな力を出してウェイトを動かしている時間がどれだけあるかということです。
挙上テンポに関するアドバイスで、「3-1-3-0」というような数字の組み合わせが使われることがあります。この場合なら、エキセントリック局面に3秒、下ろしたところで1秒のポーズを取って、コンセントリック局面に3秒、挙げたところではポーズを取らずに次のレップに入るということになります。この研究はこういう指導とは噛み合わない結果です。この研究に沿って考えるなら、エキセントリック局面はある程度コントロールの効いた速度で行い、ウェイトを下ろしたところと挙げたところでは少し時間を取ったとしても、コンセントリック局面はできるだけ速く挙げるべきだということになります。
コンセントリック局面をゆっくり行うメリット
コンセントリック局面をゆっくりコントロールしながら挙げるのが良い場面もあります。フォームを覚えるときです。例えば、自分の身体の動きをうまく感じ取れない人や、身体の使い方のおかしなところを修正したい人には、課題に対する意識づけをしながらゆっくりとコンセントリック局面を行うと適切なフォームを身に付けるのに役立つ場面があります。ウェイトリフティング種目では別ですが、ゆっくりした挙上速度で適切な動作が行えないなら、その状態でできる限り速く挙げても適切な動作にはならないでしょう。また、動作の練習はしたいものの、その日にそのトレーニング種目で扱う重量を自然と制限できる方法が欲しいという状況でも、ゆっくり挙げることは有効です。しかし、ほどんどの種目でほとんどの場合、ウェイトをできる限り速く挙げる方が効果的だと考えられます。
限界ギリギリまで追い込まなくていい
もうひとつこの研究から言えるのが、挙上重量を伸ばすためには絶えずトレーニングで限界ギリギリまで追い込まなくても良いということです。1RMの80%(〜8RM程度)の重量で3回×数セットや、1RMの60%(12RM〜15RM程度)の重量で6回×数セットというのはギリギリまで追い込むようなキツいトレーニングではありません。しかし、6週間のトレーニングでMaxVグループはベンチプレスの1RMが15kg弱伸びました。決して悪い成果ではありません。この研究の被験者のトレーニング経験を考えると、ベンチプレスを週3回という頻度はやや高めで、1RMの60〜80%の重量で1週間に合計36〜60レップというトレーニング量もやや高めではあります。しかし、この6週間のトレーニングでツブれてしまうギリギリ1〜2レップ手前まで追い込んだセットは無かったはずです。毎セット限界まで追い込むことよりも全体でのトレーニング量の方が重要です。
まとめ
限界ギリギリまで追い込まない場合、意識的にゆっくりバーベルを挙げるよりも、できるだけ速く挙げる方が挙上重量を伸ばせる可能性が高いです。もし、絶えず限界ギリギリまで追い込むようなトレーニングをしているなら、挙上速度による違いはあまり出ないかもしれませんが、挙上重量を伸ばすためには絶えず限界まで追い込むようなトレーニングをしなければいけないわけではありません。
比較的大きな重量をできる限り速く挙げるトレーニングでは、重たい物を速く挙げる能力が鍛えられます。軽い物を速く挙げる能力を伸ばすのはまた別になります。
筋力は日によって波があるものですが、挙上速度を見てその日の筋力を推し量ることができます。1RMに対する割合を使ったプログラムでは、この方法を使って毎日の筋力の波にトレーニングを合わせることで、不必要にギリギリまで追い込むことなく挙上重量を伸ばしていける可能性もあります。
- オリジナル記事(英語)
- 翻訳:八百 健吾